Home > 音楽のなかの雷
幻想交響曲は、ベルリオーズの代表作です。
彼は当時の管弦楽法の第一人者で、1844年に著した「近代楽器法と管弦楽法」も、
後の多くの作曲家に計り知れない影響を与えたといわれています。
ベルリオーズは、この幻想交響曲の第4楽章断頭台への行進が始まる直前の部分で、
4台のティンパニーを使い、見事な和音のうねりで「遠雷」の響きをつくっています。
その不気味なうねりは、次の楽章「断頭台(ギロチン)への行進」を予感させるのに
十分ななんとも言えない不吉な重苦しい響きです。
なぜ、「遠雷」の響きを表しているとわかるのかというと、
ベルリオーズは初演のとき、この交響曲の詳細な解説を配布した上で、演奏したためです。
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その解説は次のようである。
第3楽章:野の風景 Scene aux champs
ある日、彼は野原で遠くで2人の牧人が牛追い歌を歌い交わすのを耳にする。
この牧歌的な二重奏、周囲の風景、最近になって芽生えたわずかな希望。
これらがひとつとなって彼の心に新鮮な気持ちが生まれ、気持ちがぱっと明るくなる。
彼は孤独な自分の人生を振り返り、ひとりぼっちの生活はもう願い下げにしたいと思う。
だが、彼女に裏切られたら!
こうして希望と恐怖が入り混じり幸福な思いは暗い予感に沈んで行く。
最後にもう一度牧人の一人が牛追い歌を唄う。しかしもう一人は応えない。
遠くで雷鳴が鳴る。
孤独
そして静寂。
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ベルリオーズの幻想交響曲は、
彼の人生の経験を吐露するような解説付きで発表された作品です。
その中に描かれているのは、婚約の失敗、そして元婚約者とその母親への殺意。
落胆からの自殺未遂。アヘン中毒。
これらの経験とそのような中で彼が陥った病的、かつ狂的な意識が描かれている。
断頭台への行進は、自分が断罪されてギロチンに送られていく様子を
眺める姿は、まさに「幻想」交響曲である。
第3楽章の野の風景は、ギロチンに送られる直前の殺伐とした印象に描かれており、
遠くで鳴る雷の音の不気味さは、曲全体のなかでも重要な位置にあるように思われる。
雷を音楽の中で表現した数ある作品のなかで、
究極は、リヒヤルト・シュトラウスのアルプス交響曲である。
この中では、通常の楽器では、雷の凄みを出し切れず、満足できず、
トタン板をぶら下げて、それをゆすり、「どどどど....」という雷鳴を表している。
さて、日曜日の午後、Fさんからアルプス交響曲の話を聞いて、
夕方、4時過ぎに、テレビをつけて、なんとなく、教育テレビにチャンネルを合わせると、
クラシックの番組でした。
なんか、どこかで聞いた曲だなぁと思って聞いていると、
画面に、「雷鳴と嵐」の楽章と表示されました。
もしや、と思っていると、出てきました。
大太鼓のようなものにハンドルをつけて車輪のように回転させると、
あの、「ごろごろ、ごろごろ」というすごい音が。
(Fさんに確認すると、これはもともと効果音のために開発されたものだそうです。)
続いて、上からつるした、ブリキ版をゆすぶり始めまたではありませんか。
「どどどどどど」。太鼓が「バン!」
まさに、アルプス交響曲を演奏していたのです。
あまりにタイムリーなので圧倒されてしまいました。
5月12日の演奏と出ましたので、再放送かも知れません。
京都市交響楽団で指揮は大友直人さんでした。
あまりのタイミングのよさもあって、たいへん感動的でした。
この雷鳴と稲妻は、実際に、演奏会に出かけるか、テレビなどで見るのでなければ、
どのように音を作っているのか、とても理解できない演奏です。
さて、アルプス交響曲は、アルプスの日の出から日没までの一日を、
11の楽章で描写的に表現した曲です。
1.夜・日の出
2.登り道
3.森への入り口
4.小川に沿って散策・滝で・幻影
5.花の咲き乱れた牧草地で・山の牧場・氷河で
6.危険な瞬間・頂上にて・幻
7.霧が立ち込めて・日が翳って・哀歌
8.嵐の前の静けさ
9.雷と嵐
10.日没
11.フィナーレ・夜
アルプスの山での稲光、雷鳴の楽章は、
4分ほどの短い楽章だが、激しい雷・稲光と雷鳴にふさわしい
激しく、劇的な楽章です。
リヒヤルト・シュトラウスは歌劇「サロメ」・「エレクトラ」など
思想的にも、難しい(哲学的?)作品が多い中で、
例外的な作品です。
昨日(2007/06/17)、某交響楽団の打楽器奏者Fさんと昼を食べながら、
お話しました。本サイトの「雷」の話をしながら、クラシックの中にも、
結構、「雷」が出てきますよね、ということに話が進みました。
この先は、その会話の抜粋です。
彼の説明によると、
クラシック音楽では、いろいろな風景や情景を音で表す。
たいていのことは、表現できており、考え方は出来上がっている。
のどかな風景、山並み…、怒りや愛情や喜び・失望など。
ただ、雷を音でどのように表現するかは、長い間、課題となっており、
適切に表現する作曲家が現れなかった。
この問題に、先鞭をつけたのは、
ビバルディで、四季の中で雷を表現してみせた。
ベートーベンが交響曲6番田園の中で雷の表現の歴史を変えるようなことを
やって見せた。
その後、いろいろな作曲家はベートーベンのやったことに変化を加えて、
いろいろな作曲家が、それぞれの作曲の中でいろいろな雷の表現を試みた。
ロッシーニのウイリアムテル序曲
ベルリオーズの幻想交響曲・第三楽章
ドビッシーの交響詩海
などが代表。
ドイツの音楽家、フランスの音楽家、イタリアの音楽家でも、
それぞれの表し方に特色があっておもしろいということでした。
「雷」の表現はクラシックの世界でも奥が深いようです。
少し、時間をかけて調べてみることにましょう。
どのような楽器を使って、そのように雷を表現しているかを
できるだけわかりやすく、説明していきたいと思います。
どこまで切り込めるか、ご期待ください。
私たちは、なかなか演奏会に出かける機会は多くありませんので、
CDなどで演奏を聴いているだけでは、
雷を表現しているのか、何を表そうとしているのか、通常はわかりません。
まして何の楽器を使って音を出しているのかも、なかなかわかりません。
できるだけ楽器の種類なども説明に加えたいと思います。
せっかく、演奏の現場の人からお話を聞くことができるので、
他では得られない情報をお伝えできればと思います。